ことば探し
★私は、自分のことを愛しており、それを受け入れています★

■「今日のことば」カレンダー 2018年12月■

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2001年 : 11 12 
2018-12-28
医者に治せる病気は限られています。
原因のわからない病気、原因がわかっても
直せない病気はとても多い。
それでも医者なら、なにか言わなければなりません。
苦しまぎれに出る言葉が、
「ストレスのせいかもしれません」
「要は気持ちの持ちよう」なのです。

つまり、医者もわからないから、ほとんど無意識のうちに
証明不可能な世界に持ち込んでしまうわけです。
ちなみに、整形外科でよく使うのは「歳ですね」の一言。
実際のところ、腰の痛みを治すのは難しく、歳をとったのだから
仕方ないじゃない、ということになります。
いわば「とどめの一言」で、そう言われれば何も言えません。

しかし、言われた側には、どうしようもない気持ちが残ります。
見捨てられた感覚であるとか、持って行き場のない怒り…
心療内科医として話を聞くのは、そのような内容です。
だれかがそれを受け止めるような仕組みが必要なのだと思います。
2018-12-27
アドラーは、
「自分の不完全さを認め、受け容れなさい。
 相手の不完全さを認め、受け容れなさい。」
とも述べています。
これはアドラー心理学では、〝不完全でいる勇気〟と言います。
アドラーは、勇気をもって不完全でいることを重視しています。
人は誰でも多少なりとも、短所や欠点をもっているものです。
完璧であろうとすると、人生が窮屈になってしまいますし、
不完全であることを前向きにとらえて受け容れることで、
気持ちが楽になります。(略)

自分も相手も、不完全なのはおたがいさまです。
それを受け容れることが、人生を楽にしていきます。
この「おたがいさま」の精神が大切なのです。
2018-12-26
過去の失敗にとらわれていては、
いつまで経っても次の行動が起こせませんし、
未来を不安がってばかりいても何もできません。

だから、今この瞬間のことだけを考え、
そこでできることに一生懸命になればいいのです。
そうすれば、自然と状況は改善していくはずです。

ただ、ひとつ注意しておかないといけないことがあります。
それは、楽観的と無謀は違うということです。
「なんとかなるだろう」と、
考えなしに突き進むのはただの無謀です。

楽観主義というのは、きちんと準備し、
努力を重ねていけば、その結果
「きっとうまくいくはずだ」と信じるということです。
「どうせダメだろう」と思いながら努力するより、
「きっとうまくいく」と信じてする努力のほうが、
自分の身になることは言うまでもないでしょう。
2018-12-25
PTA忘年会の二次会で次の人が歌う中、30代のお母さんが、
私の耳元で歌に負けじと、大きな声でこう言いました。
「でもさ、会長!なんだ、かんだ言っても、
 人間は死ねばゴミだよね、ゴミ。あたしはさ、そう思うわけよ」
酔っぱらい特有の〝でもさ〟で始まる会話は、
私もよくやるので気にはなりませんが、内容が気になりました。(略)

わざわざ私の隣へ移動してきたお母さんは、
昭和63年に発行された伊藤茂樹さんの「人は死ねばゴミになる」
という本を読み、人を物質として「役にたつか立たないか」と
見るその考え方に、無条件に共感したのでしょう。
私は、ビール片手にまだ一人で頷いている彼女に言いました。

「そう考えるのはあなたの自由だけど、
 もしあなたの小学校四年生のお嬢さんが、
 あと3日の命だと言われたとして、
 ベッドからあなたの顔を見上げて、
 「お母さん、私はもうすぐ死ぬのね。死んだらゴミになるのね」
 とさびしそうにつぶやいたら、
 「そうよ、ゴミなるのよ」って言えるんですか?」
私は、彼女が黙っているので、先を続けました。

「言えないなら、自分以外の人に「死んだらゴミになる」
 なんて言わない方がいいんじゃないですか」
そして、「死んだらゴミになる」ことよりもずっと確かなことを、
冗談っぽく加えました。
「死んでからのことなんか、わからんとしておいて、
 どう生きるかを考えたほうがいいですよ。
 だって、人は死ぬまでちゃんと生きているんですからね」

こう私が言うと、彼女は隣で頷きながら、
「死ぬまで生きてる…、だよねえ、そうだよね。
 人は死ぬまで生きているんだよね、うんうん」
と独り言を言いながら、再びビール片手に別の場所に移り、
「だよねえ。人ってさ、死ぬまで生きているんだよねえ」
と隣の人の耳元で、嬉しそうに叫んでいました。
2018-12-21
人生にはいろいろな出来事があるのです。そのときに、
その出来事をきっかけに「自分はダメだ」と思うのか。
「自分はダメではない、こんな日もある」
「自分は素晴らしい。けど、こういうこともある」と思うのか。
どう思うのかで、その後の人生は変わってくるのです。

地球も回っている以上、晴れの日も、雨の日も、雪の日も、
日照りの日も、台風の日もやってきます。
「晴れの日ばかりでないとダメ」とばかりに、
それらにいちいち過剰反応するのではなく、
「ああ、雨だなぁ。傘をさそう」
「ああ、台風だなぁ、雨戸をしめよう」
でいいのです。

仕事をしている以上、ダメなときもいいときもある。
うまくいかないこともある、落ち込むこともある。
でも「成績は右肩上がりを続けないとダメ」とばかりに、
いちいち過剰反応するのではなく、
「ああ、成績が悪かったんだなぁ、
 それなら、やり方を見直してみよう」
「ああ、大きな失敗をしてしまった。でも、次にできればいい」
でいいのです。

晴れの日もある。雨の日もある。
うまくいく日もある。いかない日もある。
でも、それと「自分の価値」とは関係がないのです。
2018-12-20
心に余裕がないとき、落ち込みへこんで自信を失っているとき、
ついつい他人の悪口を言ってしまうこと、他人を非難すること
ってあると思います。

「あの人、偉そうよね」「あの人、地味な仕事はやらないで、
 いつも好きな仕事ばかりやってずるい」というように。
でもね、他人を批判しているときというのは、実は、
自分の本心を告白しているのと同じなんです。

「あの人、偉そうよね」と言っている人は、
「私も自分が偉いと思ってるけれど、恥ずかしくてそんなふうに
 振る舞えないから、自分が偉そうに振る舞える人が羨ましい」
ということだったりします。

「あの人、いつも好きな仕事ばかりやってずるい」であれば、
「本当は私も好きな仕事ばかりやりたいけど、できないから、
 好きな仕事ばかりやっている人が羨ましい」
ということだったり。

つまり悪口や批判は、
「自分がやりたいのにできないことや、怖くて、恥ずかしくて
 できないこと(タブー)を、堂々とやっているあなたはずるい、
 羨ましい」と言っているに等しいのです。

普段は押さえつけているけれども、
実は心中でいつも考えている自分の願望を、
目の前でヒョイと見せられたものだから、羨ましくなって、
つい本音が悪口や批判という形で出てきてしまうようなもの
なのです。

だからそれをやっても平気な人、
うまくいっている人、認められている人をみると、
つい妬ましくて悪口を言ってしまうのです。
これは、自分に自信がないときの「心のクセ」なのです。
2018-12-19
なにか仕事をしようとするとき、
いい結果を出したかったら、興奮しないことです。
興奮すればするほど、うまくいく確立が下がります。

「これは当たり前のようにできちゃうよね」
っていう風に感じながら、淡々と目の前のことをやる。
そうしたら、あれ?できちゃった、という感じです。

会社でも、子育てでもそうです。
リーダーや親ががんばりすぎ、あるいは
ネガティブ&チェック魔になっていると、
人の心は、かえって離れるようにできています。
2018-12-18
少し気分を変えてみて、
ちょっとした商売をはじめてみるのはどうでしょう。
「えーっ、とても商売なんて無理無理!」
という人も多いと思いますが、難しく考えることはありません。
値段をつけて売れるもの。
それは、〝誰かの役立つ〟ならなんでも。
ちょっとしたモノでも、ちょっとしたサービスでも
なんでもいい。

小さな商売をはじめるコツは…
1.最初に大きなお金(初期投資)をかけないこと。
2.家賃や人件費など毎月のお金(固定費)がかからないこと。
3.在庫を持たないこと。 在庫がなくなる前に
  時代が変わるほど、今は変化が早いから。
4.わざわざ時間を作らないこと。すき間時間を有効に使って。
5.気持ちが高まるのを待たないこと。興奮して仕事をしない。
  待たないクセをつける。
6.最期までやりとげようと思わないこと。
  「覚悟が決まる」のを待っていたら、いつまでたっても
  はじめられない。
7.収入は少なくてもいいから、長く儲かり続ける仕組みを
  つくること。

とにかく気楽にはじめてみること。
自分に無理をさせず、思い切った決断をせずに
やっているうちに、本気になってきたりするものですから。
2018-12-17
私は〝損〟〝得〟という言葉が人生に
当てはまるとは思えません。
得だからやる、損だからやらないでは、
この人生が損得勘定で、
できあがってしまうような気がしてならないのです。

そしてこの考え方は、
「楽だからやる、面倒だからやらない」
という自分勝手な考え方と、本質的に同じ根っこから
出ているものだと思います。

世の中、得でもやってはいけないこともありますし、
損でもやらなければならないことも多いのです。
楽だからと易きに流されてはいけないこともあるし、
面倒だからこそ、やり甲斐のあることがたくさんあるのです。

このことは、お釈迦さまの教えを待つまでもなく、
長い人生を生きてきた、ちゃんとした大人は
「わかっている」はずなのです。
2018-12-14
仏教の話にこんな話があります。
出家者が道を歩いていると、道ばたの木の上から声がします。
「おい、そこへ行く坊さんよ」
見ると、100歳をゆうに越えると思われる仙人らしき人物が
木の枝に腰かけて見下ろしています。

「何かご用でございますか?」
「そうだ、見ればお前は出家のようだが」
「さようでございますが」
「ならば聞きたいことがある。いったい釈迦が開いた仏教と
 いうのは、どういう教えだ?一言で言ってみろ」
「はい、お釈迦さまの教えは、一言で申し上げますと、
 〝善いことをせよ、悪いことはするな〟という教えでございます。

仙人はフンと鼻で笑うと、馬鹿にしたようにいいました。

「なにぃ?善いことをせよ、悪いことはするなだと?
 バカバカしい。そんなことは釈迦が言わずとも、
 3歳の子どもでも知っておるではないか」
「そうでございます。3歳の童(わらべ)でも知っておりますが、
 80歳の翁(おきな)でも、それを実行するのは
 むずかしゅうございます」

こう言われた仙人は、すぐさま木から下りて、
その出家の弟子になったということです。
2018-12-13
何故「わたし」たちは、半ば無意識的に
「みんな」に頼り、「みんな」についていこうとするのか?
それは、「みんな」が常に「正しい」からである。

この「正しさ」には、
「みんな」と同じにやっているのだから、責められるべき
道理がないという意味での法的、倫理的「正しさ」と、
「みんな」の振る舞いに合わせていれば、自分も失敗しないと
いう意味での状況判断上の「正しさ」という2つの意味がある。

「みんな」の内に溶け込んでいる限り、
「わたし」は安泰なのだ。
2018-12-12
どんなに小さな言葉でもいいのです。
皆さんも心にパッと火をつけるようなすてきな元気ワードを
いっぱい探して、使ってみていただきたいのです。

「この仕事、大好き!」
「今日もいい調子!」
「気の合う仲間に囲まれて、うれしい!」
「これはまた、実にやりがいのある課題だ!」
「早く、明日になれ!」

こんな明るい言葉をふだんから口にしていれば、
本当に光があふれ、エネルギーにも満たされるでしょう。

もちろん、好調のときは、どんどんこうした積極的な言葉を
発していただきたいのですが、むしろ人生の日陰とも
いえるときこそ、とっておきの元気ワードを意識して
使ってみてください。
それだけで、あなたはもうタダ者ではなくなりますよ!
2018-12-11
人は、なんとか苦難から逃れようともがき、かえって
アリ地獄にはまっていくものですが、
むしろこの苦しみや不幸と真剣に向き合い、戦い抜いてこそ、
珠玉の幸福の的を射当てることができるということでしょう。
簡単に魔法でもって手に入る幸福なんてうすっぺらで
面白くないということですね!(略)

「人生におけるもろもろの障害やマイナスは、
 名画における陰影のようなものだ。
 陰がなければ光は栄えず、
 適役や障害がなければ、ヒーローも輝かない」

たいていの障害や困難は、
本来あなたの人生ドラマを楽しくし、味わい豊かにするために、
なくてはならない舞台背景のようなものではないでしょうか。
2018-12-10
「ああでもない、こうでもない」
と夜も眠れないほどくよくよ悩むのは、むしろ相手の方が、
自分ことを気に入ったか、あるいはそうでないか、
どちらにもとれるあいまいなケースでしょう。(略)
案外いい印象をもってくれたような気もするけれども、
単なる社交辞令で愛想よくしてくれだだけかもしれない。
まさにどっちつかずの宙ぶらりん状態です。

そんなとき、誰しもないものねだりと思いながらも、
「相手の気持ちを一挙に引きつける、
 必勝の決め台詞があればいいな」
と思うはずです。
ところが、それがちゃんとあるのです!
恋愛&結婚のプロ、結婚相談所の社長が
膨大なデートをもとに発見したすごい言葉です。

一回目のデートの後に、
その「必勝フレーズ」を口頭やメールで相手の方に伝えた場合、
なんと成婚率が、7~8割にもなるそうです。
それは、

「今日(あるいは、先日)は、とても楽しかったです。
 たとえ、これっきりになったとしても、
 今回のことは、一生忘れません。
 でも、
 またお会いする機会があれば、嬉しいです。」
2018-12-07
Aさんは、52歳の大腸ガンの女性患者。
頑固な吐き気が最期までどうしてもとれなかった。
複雑な過去を持った人で、極度の人間不信に陥っており、
医師や看護婦を寄せ付けないという雰囲気があった。
親切心をもって言った言葉を被害的に解釈することがよくあった。
病室にいってもほとんど物を言わず、つらさも表現しなかった。
いわゆる「取り付く島がない」という感じであった。
吐き気がうまくコントールされなかったことも一因ではあろうが、
コミュニケーションのとりにくさは、彼女の性格的なことに
原因があるように私には思われた。
ところが…

衰弱が進み、意識も少し下がり、
死が近づいたある日のこと。
受け持ちの看護師が彼女の側に座って手を握り、
「何もできなくてごめんね」と言った。
それに対して彼女は、
「看護師さんは何もしなくていい。
 親切な心をもってそばにいてくれたらそれでいい。
 ありがとう」
と言った。
看護師は彼女の意外な言葉に感動し、
「Aさん、ありがとう」と言った。
この短い会話を私に報告しにしてくれた看護師は、
報告しながら声をつまらせ、大粒の涙をぽろぽろこぼした。
これがこの患者の最期の言葉であった。
彼女は3日後に亡くなった。
この最期の言葉はこれまでのスタッフの苦労を
一気に吹き飛ばすものであった。(略)

不治の病とのつらく長かった闘いを、
いままさに終えようとしている最愛の人の投げかける最期の言葉。
そして、死を覚悟して自ら家族に遺す言葉…
それらは、どんな言葉であっても、
付き添う私たちスタッフの胸を打たないものはない。

ただ、願わくば人生の最後に、
いい別れ、いい言葉がけができるように、
日々の生活の中で、よい関係を築いていければと思う。
人生の最後に、やはり、
嘘の言葉は出てこないものなのである。
2018-12-06
倒産を目の前にした人々が苦しむのは、
立ち直れない明日が怖いからだ。
倒産だけでなく、すべての挫折がそうかもしれない。
挫折して苦しいのは、もう立ち直れないという怖さなのである。
明日が怖いから、先に進めない。

宙ぶらりんで、どうしたらいいか分からないまま、
木の枝にしがみついたような状態で、みな八起会に相談にくる。
だから私は言う。

「枝にしがみつく、その手を放しましょう」
相手は、落っこちるのがイヤだ、と首を振る。
「だったら落ちてみましょう」
イヤだ、地獄へ落ちるのはイヤだと、枝にしがみついたまま。
そして、これ以上苦しむくらいなら、いっそ、
死んだ方がいいと訴える。

しかし、落ちた先は地獄ではない。
枝を放して足をついた場所。
そこにあるのはただのゼロ。
出発点である。
出発点まで落ちれば、それより下に沈むことはない。
後は上り坂を登っていくだけだ。
だから早く、その苦しい手を放してしまえば楽になる。
落ちさえすれば、先が見えてくるから安心できる。
安心するには、その手を放した方がいいのだ。
2018-12-05
「苦労をかけて申し訳ない。
 これからは、好きな人生を送ってください」

自殺を決意した夫は、
妻に遺そうと遺書をしたためた。
しかし、自殺は失敗する。
そして、妻は夫に、

「とりあえずいまは、
 わずかな光が見えるトンネルに逃げましょう。
 どこか他の地で、
 もう一度やり直してみましょうよ」

生きて、やり直そうと説得した。
2018-12-03
念ずれば花ひらく
念ずれば花ひらくと
唱えればいいのです。
ただ一心に唱えればいいのです

花が咲くとか
咲かぬとか
そんな心配はいりません

どうかあなたの花を
あなたの心田(しんでん)に
咲かせてください
必ず花はひらきます

■ほっこりしたい方、
ネコ好きさんにおすすめの本。

じいちゃんとタマの関係が
なんともよく特に1.2は
おすすめですよ~!!


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