■2022年05月10日の「今日のことば」■
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「今日のことば」
おとなが子どもたちを見る態度も
変化してきました。 あたたかく見守るという視線から、 なにか悪いことをする兆候がないか監視する視線 どの子が優秀でどの子がそうでないかを比較し 選別する視線へ、です。 その視線のなかでとくに見られることになるのは 優等生と非行少年です。 そういう意味ではどちらも「スター」なのです。 しかし、どちらにもなれない子どもは、 目立たない子とされ、人から見られる経験もなく 見るだけの人になってしまいます。(略) そのひとつの帰結は、 「自分は不当に世間から見捨てられていると いう精神的飢餓感」を持つ人の増加です。 「目立たない人」が起こした凶悪犯罪と いうのもしばしばなされます。
まゆの感想
目立たない人の犯罪の裏には、
「自分が不当に見捨てられていると感じる分だけ、 不当にもてはやされているように見える人間に 敵意を持つ」(佐藤忠男氏)という気持ちが あるからではないかと言っています。 あまりにそのような気持ちが強くなると、 犯罪にまで向かうのかもしれません。 目立たない人= 生きているかどうかわからない人 何をやっているかわからない人 役に立たない人、と思われ、 目立つような生き方がよしとされる、 目立たない生き方は損、という風潮は、 確かにあるように感じます。 でも、世の中、 目立たない人のほうが大半です。 そんな大半の人たちが、自分たちは、 「不当にかまわれない、見捨てられている。 ちゃんと評価されていない」 と思うような流れはよくないと思いますが、 簡単には変えられませんよね… ただ私は思うのです。 特別扱いされる人、目立つ人は一握りで、 そのような人たちは、世の中に 影響を与えるかもしれないけれど、 その人たちを支え、世の中を動かしていくのは、 大半の目立たない人たちの力で、 この力は、とても大きいのではないかと。 このことをいろいろな意味でもっと自覚し、 いたずらに卑下したり、誰かを恨むより、 自分の生き方、在り方を認めるたほうが、 ずっといいのではないかと。 (なかなかむずかしいことかもしれませんが) ちなみに、あまりに見つめられ、かまわれ 過ぎると、今度は「かまわれない自由」を 求めるようになるとか。 人間って、なかなかやっかいですね~ |
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