■2007年05月07日の「今日のことば」■
前日のことばを見る 次のことばを見る
![]()
普通、人間は「現実の自分」と
「本当の自分」の距離で悩み、苦しむものだ。 「本当の自分」というのは、 「理想の自分」「目標としての自分」「正しい自分」 といってもいい。 そうなりたい自分、かくあるべき自分だ。 その自分になろうとして、現実の自分を反省し、 現実の自分を導こうとして、いろいろ思考錯誤する。 それが人間だ。 「正しい自分」が「現実の自分」を、 できるだけ客観的に捉え、そしていろいろと努力しようとする。 どうすればいいか模索する。 これがない人はタイヘンだ。 自分の行いを、もうひとりの自分がいて、 真偽・善悪・美醜を判断する、 そういう「もうひとりの自分」がない人間は、 これは人間として通用しない。
![]()
この本では、さらに具体的にこう言っている。
「この「もうひとりの自分」がいなければ、どんなに すっきりとするだろうか。なにをやってもへいちゃら、 ということになるだろう。(略) 自分を批判する自分がいなければ、とても楽だ。 「何が恥ずかしいんだ」「どこが悪いんだ」というような 恥も反省もない人間でも平気だ。」 「しかし、これでは、人間として通用しない」 と、言っているのだ。 私もそう思う。 人は、自分の中にいる、「もうひとりの自分」の 存在に悩まされることもあるけれど、実はこの 「理想の自分」「目標としての自分」「正しい自分」 を目指そうとする「もうひとりの自分」の存在は とても大事で、必要で、これがあるから、 自分を律したり、反省したり、理想に近づく努力をしたり するのではないかと思う。 「現実の自分」と「本当の自分」の、 自分の中での会話や話し合いが、 実は、とても大切なのでないかと思う。 この両方の自分とうまくつき合っていきたいものだ。 |
![]() |
|