■2018年07月19日の「今日のことば」■
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![]() 私はさきほど、甘味処であんみつを食べて 「美味しいね」と思いましたが、その思考はすぐに消えて、 「あ、外はよく晴れているな」という別の思考へと、 席を譲りました。 その考えもやがて別のことを考えたときには、消えています。 前の考えが消えなければ、次のことを考えられないから、 これは必然的なことです。 今、それを考えている最中は「本当にそうだなぁ」と、 身を入れて考えていることでも、過ぎ去ってしまうと、 リアリティがすっかり薄れてしまうというのが、 重要なポイントです。 「美味しいね」と思っても、誰かに腹を立てても、 自分はダメだと思ってもお、自分は案外いい感じだと思っても、 別の考えに入れかわっているときは、すっかり忘れてしまうのです。 言わば、私たちの心は、それを考えている間だけはその考えと 熱愛しているのですが、すぐに別の考えへと次々と浮気をしてしまい 前の考えとは別れてしまうのです。
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確かにTVを見ていて、なるほどと思っても、
チャンネルを変えて、次の情報をみると、前のなるほどは、 どこかへいってしまって、次の情報に興味がうつります。 自分の考えていることは、すぐに流れていく、 流されていく、ということでしょうか。 案外、自分の考えなるものは、とっても流されやすく流れやすく、 根拠のないもの、あるいは、ゆるいものかも…しれませんね。 このようなことをしっておいた方がいいようです。 小池さんは、 「どうせすぐに別の考えに変わってしまうなら、 「私が考えていること」は、大切ではないのです。 それを納得してみると、生きるのが本当に身軽になります。 なぜなら、私たちが苦しむ原因は、 頭がイヤなことを考えるからなのです。 そしてより厳密に申せば、頭が考えたことを、 「本当にその通りだ、それは本当の考えだ、大切な考えだ、 重要な考えだ」と、執着するからなのです。 心が何をピーチクパーチク考えても、 「考えはすべて本命ではない」と分かっていれば、 考えに支配されないので、どんな喜怒哀楽がやってきても、 それに流されず、揺らがないのです。 これが、考えという支配者からの自由であり、 仏道が与えてくれる智慧の効果です」 と言っています。 「誰かがこう言った、ああ言った」から、ぞれが許せない、絶対だ、 なんて思い込んで、怒ったり辛くなって、一喜一憂するより、 自分の考えが、コロコロと変わること、流されること、 そしてそれは他人もそういうものだということを、 自覚しているだけでも気軽になれるかもしれませんね。 |
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