■2017年08月21日の「今日のことば」■
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![]() この世の中には、本当はどうでもいいはずのことが、 満ちあふれています。 言い争いになったときに、ついつい言い張ってこだわった 自分の意見、後で振り返ると、あんなつまらないことで、 人間関係を壊してしまったと、後悔することかもしれません。 「私のポリシーだから」と 生活の型に意固地にこだわってみたり、 何らかの食事法にこだわってみたり、 服装のスタイルにこだわってみたり。 そのどれをとってみても、「これじゃなきゃだめ」と 今は思っているだけで、やがて好みや考え方が変わったあとに なってみれば、 「なんであんなのが好きだったんだろう?」 と疑問に思う程度のものに、過ぎません。 その程度の、しょせんはやがて変化していくものに 執着することによって、何が起こるのか… 自らのこだわりに合う人や物に触れると「快」を感じ、 こだわりに合わない人や物に触れると「不快」を 感じるように、この心が歪んでゆくのです。
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小池さんは、
「仏教的見地からみると、こだわりとは「快」を求めすぎて、 「快」を感じる回路を限定してしまうため、それ以外のものを 「不快」として受け止めるようになり、むしろ 「不快」の源泉になるのです。 そして…、私たち人間がもっともこだわり、 そこから「快」を引き出したがるのが、 「理想的な、良い感じの自分でいたい」という、 自我に関わるこだわり。 そして、理想どおりの自分でいられないことが起きるたびに、 「不快」を感じて苦しんでいるのです」 そんな袋小路から抜け出して、こだわりのない 柔らかな心を持つほうが、軽やかに生きていけると説いています。 自分のこだわり、ってありますよね~ 大したことのないこだわり~このこだわりがなければ、 自分ではないような強いこだわりまで、いろいろなレベルの こだわりを持って、自分を生きているように思います。 でも、その自分のこだわりを持っているがゆえに、 自分を縛ったり、自分を追いつめたり、人間関係にヒビが 入ったりして、生きづらくしてしまっていることも 多々あるように思います。 もちろん、その逆に、このこだわりがあるから、 何かを成し遂げられる行動力になることもあると思います。 だから大切なこだわりもあるかもしれません。 ただ、この頃思います。 あまりに疲れてしまうこだわり、 もうすっかり色あせてしまったこだわり、 全然楽しくないこだわり、 つまらないこだわり、 人間関係を壊してしまうこだわり、 などは、捨てていこう、と。 年を重ねていくときには、できるだけ軽やかがいいな、 重いのはイヤだな、と思うので(笑) |
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