■2015年07月14日の「今日のことば」■
前日のことばを見る 次のことばを見る
![]()
ネットへの書き込みとなると、
なぜか必要以上に悪口や意地悪を言ったり、 品が悪くなってしまうものなのかもしれません。 匿名という行為は、普段押さえつけている「邪悪なもの」を 解き放ってしまうところがあるのでしょう。(略) 匿名の世界では、何の心配もなく「邪悪なもの」を解き放っても 誰も後ろ指をさされるわけではありません。 むしろネット上では、様々な非難はあびるでしょうが、 いったん邪悪な本音を放つ快楽を知ってしまうと、 なかなか止められないのだと思います。 でも、そういうネガティブな書き込みをする人たちも、 たぶん街で会って話したら、 それほどひどい人じゃないだろうと思うんです。 みなさん、もうちょっとうまく嘘をつけるというか、もう少し 柔らかく表現することができる大人の方々なのでしょう。 それでもネットとなると、発言はものすごい。 あからさまで、悪しざまで、暴力的だとする感じてしまうのは、 私だけでしょうか。 自分の意見は絶対に正しいんだし、 威丈高に主張されているような圧迫感、 それに伴う殺伐とした雰囲気も漂っています。 そんなネットコミュニケーションに象徴されるように、 現実の社会も息苦しくて殺伐としたものに 変わってきているのかもしれません。
![]()
また、高橋さんは、
自分がこれが正しいと思うことを主張するときは、 控えめに、小さな声で話した方がいいが 伝わりやすいと言っています。 少し前に、匿名ネット書き込みの匿名情報が漏れて、 本名がわかったことがありました。 すると、罵詈雑言を書いていた人が同業者だったり、 友人と思っていた人、味方だと思っていた人、 ごく普通の方だったとわかって大きな騒ぎとなりました。 匿名でネット上だと、その時の感情を感情のままに書いたり、 意図的に傷つけるようなことを書いたり、暴言を書いて アップしまうことも多いようです。 自分の中の「邪悪なもの」を解き放すだけでなく、 日頃の鬱憤や仕返しだったり、正義感からだったりもありで。 そして、その書き込みで傷ついたり、落ち込んだり、 立ち上がれなくなる人もたくさんいます。 私は、普段の生活でも、匿名ネット書き込みであっても、 その場で誰が見ていなくても、自分だけは、 自分のしたことや言ってることをちゃんと見ているし、 神さまはお見通しなので、何をやってもいい書いてもいい、 ということはならないと思っています。 そして、自分がやったこと、書いた言葉は、いいも悪いも、 いつかなにかのおりに、必ず自分に跳ね返ってくると信じています。 同じ跳ね返ってくるなら、いいことの方を選びたいし、 悪くはならない方を選びたいので、これからも自分の言動には、 気をつけようと心しています。 本音を言うときも、感情を表すときにも。 (思ったように、なかなかうまくいかないですけど…(汗)) |
![]() |
|