■2014年10月21日の「今日のことば」■
前日のことばを見る 次のことばを見る
![]()
河原にたくさん転がっている石ころの意味と同じように、
私たちの人生に徹頭徹尾欠けているのが「生きる意味」なのです。 ただ、河原に転がっている石ころも、拾って火打ち石にしたり、 漬け物石にしたり、それを投げて鳥を落とそうとしたりすると、 はじめてそこに何かの意味が生まれます。 何かに使うことによって、どんなものにも命が宿る… 間違いなく生きて死んでいくだけの私たちの人生も、 「何のため」に使うかと発想すると、 そこに意味が発生してくるのです。 「人生とは、生きるものであると同時に、 何かのために使うもの」なのです。 たった一度の人生を何のために使うか。 そういう目的意識こそが、生きることや働くことに 意味を作り出すのです。
![]()
東京新聞 週刊誌を読むというコーナーに
(タイトル「若者覆う社会の閉塞感」10月19日発行) シリアの反政府組織に加わり、実戦に参加したという 26歳の鵜沢佳史さんの 「僕らはなぜ“聖戦”に惹かれたか?」 という話が紹介されていました。 (10月27日号の「週刊プレイボーイ」に掲載された話) それによると、 「きっかけは、小学校6年のときのいじめを受け、 自殺願望が芽生えたことです。 『生きる』『死ぬ』ということをひたすら考えた末、 極限状態に身を投じたら、人はなぜ生きるのかわかるんじゃないか と思ったんです」 「そこそこ満足な人生を送るより、いくら世の中から非難されても、 自分を出し尽くしたといえる生き方がしたかった。 それでシリアに行く決断をしたんです」 という思いで、シリアに行ったそうです。 それまでに、いろいろな紆余左折があったのでしょう。 週刊プレイボーイの実際の記事を読んでいないので、 シリアで『生きる意味』が見つかったのか、 何かを見つけたかのかまでわかりませんでしたが、 『生きる意味』『人はなぜ生きるのか』 について、非常に考えさせられました。 そして、まだまだ『生きる意味』など、見つからない私ですが、 「少しでも世の中の役に立つ生き方をしたいし、 そこに意味を見つけたい、そこで自分を出し尽くしたい、 そこに自分の人生を使いたい、その方が私はいいなぁ」 と思いました。 みなさまは、どう思われましたか? |
![]() |
|