■2010年12月15日の「今日のことば」■
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「今日のことば」
愛されなかったことなど大した問題ではありません。
人を愛せるのは精神が成熟している人なのです。 しかし成熟していない人はこの世に大勢います。 ですから、未熟な人が多いこの世の中で、 愛されないのは、ある意味当然のことなのです。 まして、私たちに魅力がなかったとか、 どこかに問題があったとかいうこととは、 全く関係がありません。 誰でも人から愛されたい、好かれたいと願います。 しかし、愛されたいと願うばかりに、 私たちの言動や行動が、人から愛されるためのものに なってしまうと、私たちは自分自身を失います。(略) 大切な人から愛されない…といった不安のために、 私たちはつい、架空の理想にしがみついて、 せっかく自分の中に持っていた宝物を忘れてしまうのです。
まゆの感想
私は、「愛される」ために、無理をすることはない、
と思っています。誤解を恐れずに言えば、 「人から愛されなくても生きていける」と思っています。 もちろん、愛されたい気持ちは大いにあるし、 愛されるに超したことはないけれど、 「愛される」ことがすべてではないと思っています。 「愛される」ために、自分を殺して、自分を犠牲にして、 自分のしたいこともせずに耐えて、待って、努力して… そうしたのに、「愛されない」人を多く知っているし、 私もかつて、そんなことを経験してきました。 でも、そんな自分が好きではなかったし、いつも、 「なぜ、こうしてまでいるのに愛されないのか、 なぜ、自分だけ愛されないのか」と、怨みと、 不満と苦しさがあり、笑顔がすっかり消えていました。 歯を食いしばって「愛されよう」としていたのです。 悲しいことに、そんな自分が「愛される」ことはないのです。 「愛されたい」と願って、努力しているのにです… また、愛されるために、自分を殺して、犠牲にして、 そんな自分が「愛された」として、満足するでしょうか? いつか…苦しくなってくるのではないでしょうか。 人から「愛される」、誰かに「愛される」と言うこと、 それは奇跡に近いように私には思えます。 だから、人から、誰かから、優しい言葉をもらったとき、 大切に扱ってもらったとき、あたたかい感情をもらったとき、 愛されていると感じられたときには、 心から、本当にありがたいと思うのです。 そして、「愛される」ことに固執せず、無理せず、肩の力抜いて、 自分の持っている宝物(才能)や素直な心や笑顔をなくさず、 大切にしていった方が、「愛される」と思うのです。 みなさまは、どう思われるでしょうか。 |
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