■2009年02月23日の「今日のことば」■
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「あれは運が悪かったからだ、私はああはならない」
と考えるタイプがいる。 これではどんな失敗からも知識化、教訓化できないから、 同じような失敗を繰り返すことになる。 人間は見たいところだけを見る。 自分がそうなると怖いから、最悪のシナリオは考えない。 そういう人は、自分が前方不注意で車をぶつけても、 出会い頭の不運な事故だったと自分に言いきかせる。 駐車違反やスピード違反で捕まっても、 罰金制度をののしり、身の不運を嘆く。 弁解、言い訳、責任転嫁をいくらしたところで 問題は解決しない。問題を解決するには、 真っ向からこれに取り組むことから始めるべきである。 自分に非はなかったか? 自分自身が当事者になって分析することなしに、問題点の 把握、対策、改善、改良、革新はあり得ないのである。
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ある経営トップは、問題が発生したら、
すべて自分の責任と考えるようにしていると言う。 なぜなら、 「自分が悪いと考えれば、即座に対策を考えます。 人のせい、環境のせいにしていたら、 ワンテンポ、対策が遅れます」 からで、企業においては、このワンテンポの遅れが、 致命的打撃となることもある。 この本ではさらにこう言っている。 「売り上げが上がらない理由を不景気のせい、政治のせい、 お客のせいにしていたら、根本的な解決策など浮かぶはずがない。 売り上げの減少は自分の責任だと、とらえることができれば 必死になって対策を考えようとする」 企業でもそうだが、自分のことだってそうだ。 誰かのせい、何かのせいにばかりしていたら、 根本的な解決策など本気で考えたりしない。 自分は悪くないし、考えて何か対策をするのは、 周りの人だから…そう思えてきてしまう。 自分がそう思っていれば、周りだってそう思う。 そして、堂々巡りで、同じような失敗を繰り返す。 自分にとって都合のいい、見たいところを見たいし、 自分に都合の悪いところなんて見たくない。 自分にも責任がある、なんてとても思いたくない… こう思って自分の責任から回避しているうちは、 誰かのせい、何かのせい、にしているうちは、おそらく、 その問題が、いい方向に解決していくことは決してないと思う。 全部を自分の責任と思わないまでも、当事者意識は持ち、 その問題に、自分なりに取り組んでいきたいものだ。 |
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