■2008年11月21日の「今日のことば」■
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「今日のことば」
人間が他人と関係を持つときに、その他人に、
まったくめいわくをかけないなんて、考えられない。 だれにもめいわくをかけてない、なんて威張っている人間は、 そんなことを言われるだけでも、めいわく至極だ。 むしろ大事なことは、自分が他人に めいわくをかけていることを、いくらかうしろめたく、 いつでも自覚していられることである。 誰にもめいわくをかけてないと、胸を張ることではなくて、 めいわくをかけた相手の心を思うことである。 やはり、おたがい、めいわくをかけあっていると、 思いながら生きていくほうがよい。 さまざまの人間がいて、さまざまの関係をとり結び、 そのなかで、おたがいが、めいわくをかけあうというのも、 考えようによっては、この人間社会にとってよいことである。
まゆの感想
これが「おたがいさま」ってことかも、なんて思った。
誰にもめいわくをかけない、かけたくない、 なんて思って生きていると、生き方にかなり無理がでて、 角ができて、息苦しくなるのではないだろうか… 誰にもめいわくをかけてない、ってことが いいことなのか、偉いことなのか…。 いたずらに、人様にめいわくはかけたくない、 と、多くの人は、思っていると思うが、 人間の中で生きているのだから、めいわくかけたくないと、 思って注意しても、どこかでめいわくをかけたりしている。 めいわくかけたくないと思うあまりに、誰にも何も言わず、 後々大きなめいわくになることだってある。 めいわくをかけない、なんて言ってること自体が、 回りには大きなめいわくなことだってある。 もちろん、度を超えためいわくには、 たがいに、きっぱりした態度をとるべきだと思うが、 多少のめいわくは、かけつ、かけられつつ… 多少のめいわくは、おたがいさまと 思っているくらいがいいのではないかと思う。 めいわくをかけていることを、 いくらかうしろめたく思いつつ、悪いなぁ…なんて思いつつ、 それをおたがいさまと許し合え、そして支え合える関係を 築けていけたらいいと思っている。 |
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