■2008年08月31日の「今日のことば」■
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他人を変えようと頑張るのはやめてください。
私たちといったら、外部の情況を変えようとすることや、 配偶者や、上役や、友達や、敵や、その他の人たちを 変えようとすることに自分の時間と精力全部を つぎ込んでいるのです。(略) 私たちは、いつでも他の人が変ってくれれば 自分の気分が快くなると信じているのです。 「しかし、妻が或いは夫が気持ちを入れ替えてくれたとして、 現実にそれが自分にとってどれくらい都合が よくなるでしょうか。 傷つきやすいのは前と少しも変らず、 相変わらず愚かしいのです。 変る必要があるのは自分なのです。それなのに、 「世の中が良くなれば私も気分快く暮らせるのに」 と、言い張っているのです。 それは違います。 私が気分よく暮らせば世の中が良くなるんです。 古代からの知恵者が口を揃えて そう言っているじゃありませんか」
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昨日からの続きのようなことばだが、
今の私にとって課題であることなので身にこたえた…。 私は、今、年老いた母を変えたくて仕方がない。 母のあまりにネガティブな思考を変えたくて仕方がない。 母のこのネガティブ思考で自分勝手な言動が変れば、 私は気持ちが楽になり、周囲の人も気持ちが楽になるのに、 なぜ、それに母は気が付かないのか、そう思ってきた。 しかし、先日、気がついた。 実際に、母が変ってくれれば、私の気持ちは少し楽なり、 心配の種は一つ消えるかもしれない。 もちろん、このことは大きなことではある。 しかし、私の人生の中には、その他の案件もあり、 母が変ってくれても、だから全部がよくなるわけでもない。 今の辛さや苦しみが全部とれるわけではない。 仕事もあれば、家庭のこともあるし、これからのこともある。 それらが、全部よくなるわけではない、と。 また、母に、どうこうしてあげようとするのはやめよう、 どうなってほしいと期待をするのもやめようと思った。 何かをしてあげるとか、変ってくれることを期待すれば、 どうしてもこちらの思いを押しつけてしまう。 ああしろ、こうしろ、そうしないからダメなんだ、 もっとこう考えられないのか、そんなことしてたら嫌われる、 などなどの、こちらとしては善意の押しつけをしたくなる。 あたかもそれが、母が生きやすくなる絶対条件かのように… そうしないと、何もしてあげないよ、と脅すかのように… しかし、母は今まで、この思考方法で生きていて、 今さら、変えろといっても、そんなことができるはずもない。 今さら変えることは、自分の過去を否定することにもなるから。 私は、母にどうのこうの「してあげる」、と思うこともやめ、 母が変ることを「期待」するのもやめることにした。 母には母の生き方があるだろうから、その生き方を受け止め、 ただ、そんな母を見守っていこうと決めた。 もちろん、こう心を決めたとしても、なかなかきっぱりと、 実行できないが、それでも、そうしていこうと思う。 そう、自分の考え方を変えた。 母を、よくしてあげようとして、今まで無駄な言い争いや 互いに不機嫌な思いをしてきたが、 「何かをしてあげる必要はない、あれこれ言う必要はない、 母を変えなくていい、母は今の母のままでいい」 と思えたら、とても気が楽になった。 |
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