■2008年08月07日の「今日のことば」■
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見返りを求める善意はただの迷惑。
本来、善意は無償のものでなければいけない。 相手にとって、多少、迷惑でも それが善意であるからこそ相手も許す。 そこに下心とはいわないまでも、 何らかの見返りを要求するのであれば、 最初からやらないほうがいい。(略) 人と人とのつき合いには、ときにはお節介も必要だが、 それが受け入れられなければすぐに引き下がってほしい。 決して「感謝してほしい」とか 「ありがとうと言ってほしい」とか要求してはいけない。 つらいときでも、 人には放っておいてもらったほうが良いときもある。 そのようなときには、じっとして何もしないで、 見守ったほうが相手への優しさになる。 何かをしてあげることがすべて あいてのためになるとは限らないのだ。
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何かをしてあげることが、
すべて、相手のためになるとは限らない。 何かをしてあげて、それがすべて 感謝されたりするとは限らない。 それが、余計なお節介であることも案外多いからだ。 やってあげた方は、それが善意だ、 相手に対する思いやりだと考えたとしても、 人には、してほしくないこともあるし、 その人自身がやってこそ意味があることがある。 それに、勝手に手をだし、口を出し、 やってあげて相手の成長をはばむ時もある。 つまり、自分が相手のために 「よかれ」と思って自発的にしてあげたことが、 本当に相手のためによかったか、ありがたいことなのか、 わからないことが多いということだ。 だから、相手がそのことに、 感謝するかどうかは、わからないということだ。 自分が善意で自発的にやることには、注意が必要だ。 余計なお節介で迷惑と紙一重だからだ。 こちらの全くの善意でしてあげるなら、 相手に負担がかからないように、わからないように さりげなくしてやるべきだし、 やってあげたことを、これみよがしに振りかざし、 お礼や感謝のことばを要求や期待するべきでないと思う。 自分の善意は、本当に善意の気持ちからしたい。 相手からの見返りを期待せず… (と、わかっていても、なかなかこれがむずかしいが…) |
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