■2007年12月15日の「今日のことば」■
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わたしたちは相手の意図を知らなくても、
それを知っていると思いこむ。 さらに悪いことに、わたしたちは人の意図が よくわからないにもかかわらず、それを往々にして、 悪いものだと決めつけてしまう。 実のところ人の意図は目に見えない。 わたしたちは相手のふるまいからその意図を想定する。 言い換えれば、相手の意図をこちらでつくりだすのだ。 しかし、相手の意図について わたしたちがつくり出したストーリーは、 自分で考えるよりもはるかに不正確であることが多い。 なぜか? 人の意図とは、複雑なものだからだ。 人はときに複数の意図をもって、あるいはなんの意図もなく 少なくともわたしたちと関係ある意図は何もなしに、行動する。 そして善意から行動したにもかかわらず、 ときに、私たちを傷つけたりもする。 相手の意図にたいするわたしたちの見方 (あるいはわたしたちの意図に対する相手の見方)は、 重要なもので、根拠のない思い込みに走るのは 大きな失敗を招きかねない。
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人の言ったことや、行動の意図を、
本当はわかりもしないのに、勝手に推測して、 「こうだ、こうに違いない!」などと、 思い込んだりしてはいないだろうか? 相手の意図を、 「私には、わかるのよ」とか、 「○○なら、こう考えているね」 などと、こちらの勝手な推測にもかかわらず、 あたかもそれが間違いのない事実のように… しかし、逆に、自分が言ったり、したことの意図が、 こちらに何の確認もされず、聞かれもせずに、 相手にそう勝手に推測され、そう思い込まれたら、 おそらくこちらは、「誤解された」 「そんな意図でやったわけじゃない」 などと反発したくなるのではないだろうか。 そして、「やっぱりわかってもらえない…」 などと思うのではないだろうか。 人の意図は、その時々で変わるし、かなり複雑だと思う。 また、まったく意図なんて考えてないことだってある。 それを、すべてわかっているかのように あれこれ勝手に推測して、それが事実であるかのように、 思い込んでしまったら、相手との溝は深まるばかりだと思う。 わかっているようでいて、実はわかってない、 ということでもあると思うのだ。 自分が勝手に推測する「相手の意図」は、あくまで、 自分が推測した「相手の意図」であって、 それは、事実と違うかも知れない、 ということを忘れないようにしたい。 |
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