■2007年10月11日の「今日のことば」■
前日のことばを見る 次のことばを見る
![]()
ある少年院の院長先生が、
「この少年院に来る少年で、小さい頃から 仏様に手を合わせて育った子は1人もいません」 と言われたことが印象に残っています。 見えない存在を信じるという思いが、 「どこかで尊い存在が見ているから、悪いことはできない」 という生きる姿勢につながっていくのです。 昔の人はよく、 「お天道さまが見ているから、悪いことをしてはいかん」 と子どもを叱ったものです。 そんな素朴ではありますが素直な信仰心が、 心を清らかにしていくのです。
![]()
「どこかで尊い存在が見ているから、悪いことはできない」
多くの人には、こういう考え方が心の中にあって、 無意識のうちに自分の行動に歯止めをかけているのだと思う。 しかし、別の本によると、昨今では、 誰も見てないからいいや、だけでなく、 誰かが見ていてもいいや、になってきているのだという。 見えない存在を信じるどころか、 見えている人間さえ、無視している、ということだ。 こういう人が見ているものは何かというと、 それは「仲間内」で、自分の中の判断基準が 「仲間内」だけのものになっているということだった。 つまり、仲間内の人間には、恥も悪さも感じるが、 その他の人は、それをほとんど感じない、ということである。 「見えないものを尊ぶ」ことと、 「仲間内を判断基準にする」ことの間には、 ものすごく大きな差があるように思う。 ここまで、差がないにしても、 見えないものに対する畏怖心が 失われてきているような気がしてならない。 |
![]() |
|