■2007年09月21日の「今日のことば」■
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「今日のことば」
例えば、ゆで卵を作る、といったごく簡単な作業さえ、
見方によっては大層なことのように思えてくるものである。 あるシェフが、真剣な面持ちでこう語った。 「皆さんは、ゆで卵など簡単に作れるとおっしゃいます。 確かに、ゆで卵は、卵を茹でさえすればできるわけです。 でも、おいしいゆで卵を作ろうと思ったら、話しは 違ってきます。お客様はだいたい、半熟を好まれます。 黄身のとろりとしたものです。この黄身のとろりとした ゆで卵は容易にはできませんよ。 まず、鍋に卵が充分隠れるくらいの水を入れ、火にかけ、 沸騰させます。卵は必ず、沸騰してから入れます。 それから、卵は鍋に入れる前に、お湯につけて 温めておかなくてはなりません。そうしておかないと、 沸騰したお湯に入れたとき、殻が割れてしまうからです。 また、鍋に入れる前に、卵の大きさと温まり具合から、 茹で時間を決めておかなくてはなりません。だいたい、 3分半くらいから4分半くらいです。そうして、 茹でて鍋から取り出したら、余熱で黄身が固まって しまわないよう、冷水にくぐらせなくてはなりません。 ゆで卵を作るには、技が必要なのです」 なるほどそうなのかもしれない。 しかし、ここまで仰々しく考えてしまうと、 自分にはできそうにもなく思われてきて、 ゆで卵を作ることを諦めてしまうかもしれない。
まゆの感想
今日は、なんとなく、本当に、なんとなく、
心にひっかかったことばです。 ゆで卵… 確かにこんなふうにむずかしかったら、 簡単にはつくれない。 しかし、 何もこんなりっぱなゆで卵でなくてもいいと 思えば、ものすごく簡単にできる… 誰にでも簡単にできる… ゆで卵でさえ、 どんなふうに作るかで、こんなにも違う。 ものの見方も、どう見るのかで、 ずいぶん違うものではないかと感じた。 ただのゆで卵でいいと思えば簡単に見えるし、 黄身のとろりとした完璧なものを望めば、 誰にでも見えるものではなくなる… どういうゆで卵を望むかで、 違うんだなぁ…などと漠然と思ったのでした。 |
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