width=10
ことば探し
★私のひがみ根性を、すっかり手放します★

TOP

  • お問合せ
    主催者へのメール


  • 転載する場合は
    「ことば探し」の明記
    お願いいたします。
    転載した場合は、
    ご一報お願いいたします。無断掲載禁止

03075235

■「今日のことば」カレンダー 2018年5月■
2018年 : 1 2 3 4 5 
2017年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2016年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2015年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2014年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2013年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2012年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2011年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2010年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2009年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2008年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2007年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2006年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2005年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2004年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2003年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2002年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2001年 : 11 12 

width=1
2018-05-23 width=22《おしらせ》

■「女性のための相談室「楽になろっ!」開設しました。
 一人で悩んでいないで、苦しんでいないで、
 メールを出して、ちょっとだけでも楽になりませんか。 
★詳細は→「楽になろっ!」

■色紙代わり、お祝いカード、アファメーションなどに
 幅広く使える「無地のカード」好評発売中!
★詳細、使い方などは→「無地のカード」



自信は足し算じゃ生まれないんです。
むしろ、どんどん引いて、引いて…
資格もない、人に誇れる長所もない、
誰かに自慢できる特技もない。
そんな自分も「認める」ということ。

弱い自分。
ダメな自分。
不器用でおもしろみのない自分。
そんな自分でも「それでいいんだ」と
「許す」ということ。

自信は、ありのままの自分を
「それでも、私はすごいんだ」
と思うところからしか生まれません。
がんばったから、自信がつくんじゃない。
「自分は、すごい」と思えるから、自信がつく。
どんな自分でも「すごい」と思ってみるんです。

いつまでたっても、
「自信探し」の旅を続ける人になってしまうのでは、
楽しくないよね。
 
2018-05-22 width=22
あなたががんばっているから、
まわりの人が、がんばれないのです。
気づいてください。(略)

「私、やります」
「私、がんばります」
「私が、なんとかします」
言えば言うほど、まわりの人は、
「自分たちは信用されていない」とがっかります。
ヤル気を奪われてしまうのです。
 
2018-05-21 width=22
真実は、ほろ苦いことが多い。
だから、真実を直視しようとする人はまれだ。
むしろ、ほとんどの人は、真実に目を向けようとしない。
ときには、真実からあえて目をそむけようとする。(略)

都合の悪いことは見たくないし、
聞きたくないという欲望は、誰の心の中にも潜んでいる。
そういう欲望は、もちろん私にもあるので、
非難するつもりはない。

だが、
ほろ苦い真実と全然向き合わずに生きていけるほど、
人生は甘くない。
真実から目をそむけようとする人ほど、
騙されやすいということを肝に銘じておくべきである。
 
2018-05-17 width=22
「自分の言葉」を探し出す

「この考え方、どこで習ったのかな?」
「私は、いつからこんなふうに考えるようになったんだろう?」
「この考え方に違和感を持ったことはなかっただろうか?」
「これ、自分にピッタリくる考え方なんだろうか?」

不安や無気力に襲われているとき、
この問いを発してみると、多くの場合、
自分がその考え方に違和感を覚えていることがわかります。
自分の声や言葉が、他の人の言葉に支配されて、
自分の言葉が小さくなっているのです。

自分の言葉でないようだと気づいたら、
自分にしっくりくる表現に変えてみましょう。
生み出される言葉は、現在の自分の本心と
将来を語る言葉になるでしょう。
 
2018-05-16 width=22
あなたから見て「尊敬できない上司」も
何かしら理由があってあなたの上にいることは間違いありません。
この人がなぜ今このポジションにいるのかを冷静に見極め、
そこを学びましょう。

先入観を取り払って素直な気持ちで見直すと、
その上司の意外な強みが見えてくるかもしれません。
「上役の上司やクライアントに対する
 コミュニケーション能力の高さ」
だったり、
「自分の魅せ方」や「キーパーソンへの根回しの仕方」が
上手なのかもしれません。

もし学ぶべき点がなければ、逆に悪いところを
ピックアップし、あなたの反面教師としましょう。
そして、自分が上司になったら
「これとこれは絶対にやらない」と
心に決めておけばいいのです。(略)

尊敬できない上司からも生意気な部下からも
「学べる」ことがわかれば、
「他人は皆、教科書」という意識が芽生え、
「ただ何となく人と接している」
という無駄な時間はなくなるはずです。
 
2018-05-15 width=22
世の中は、面倒だからといって知識をインプットしない人や、
しっかりと物を考えない人が損をするようにできています。(略)

実際私も携帯電話の通話料金が高いのにもかかわらず、
「契約書や料金規約を読むのが面倒くさい」
という単純な理由からついつい見過ごし続けてきました。
ところが、ある友人に教えてもらい、
そのサービス内容を新たに組み替えたところ、
通信費が半額になるという、自分の無知と怠情さに
あきれるという出来事がありました。

物事にはルールがあります。
たくさんのルールの中で、たったひとつを理解していないだけで、
支払いが倍になってしまうことも、収入が半減してしまう、
こともあるのです。
「こんな小さい字、誰も読まない!」と怒ったところで、
クレーム対応係がなだめてくれるのがせいぜいです。

いずれ自分も、ルールを作る側に回ることを目指し、
業界の勉強を進めていきましょう。
大なり小なり、喜ばれるサービスを生み出せば利用者が現れます。
そのときは、お客様が満足し、自分も利益を得て、
社会貢献にもつながるルールを作るのです。
 
2018-05-14 width=22
弱いからこそ強くなりたい…
優劣を求める気持ちは絶対になくならない。

むしろ、それが人間の心理を構成していると言ってもいいだろう。
人生とはある目的、またはある形を達成するということであり、
優越を求める気持ちがあるために、達成を目指して行動を
起こすことができる。
優越を求める気持ちは、
周りにあるものをすべて飲み込みながら
流れていく川のようなものだ。(略)

人は「劣っている」という感情があるために、
成功に向けて努力することができる。
しかしその一方で、劣等感はあらゆる精神的な問題の原因にもなる。
優劣に向けての正しい目的を見つけられずにいると、
劣等コンプレックスが生まれることになるのだ。

劣等コンプレックスが「逃げたい」という欲求につながり、
そしてこの欲求は優劣コンプレックスの形で表現される。
優劣コンプレックスとはすなわち、ただの虚栄心であり、
人生の無益な側面に向かわせる目的にすぎない。
優劣コンプレックスで得られるのは、ニセモノの満足であり、
ニセモノの成功だ。

社会に適応することは、
劣等という問題と表裏一体だ。
一人の人間は弱く、劣っているために、
人間は社会を作るのである。
 
2018-05-11 width=22
自分がほんとうにやりたかったのは今の仕事ではない。
でも、現実的にはそんなことは言っていられない。
自分の奥底にある思いと現実との落差。
この落差に悩むことこそが苦なのです。

そしてその落差にもがきながらも、
今の自分を明らかに極めてみる。
人生は思うままにならないことを受け入れながら、
人は生きているんです。

ただ、なかには
その落差を受け入れられないという人もいるでしょう。
何としても、人生を思うままにしようとする。
見果てぬ夢に苛まれながら、一生もがき苦しむ人もいる。
自分の力ではどうしようもない運命さえも、
変えようともがく人もいます。
それもまた運命であるように思うのです。

どちらが幸せでどちらが不幸だということではありません。
落差を受け入れるのも、落差にもがき続けるのも、
それぞれに与えられた運命かもしれない。
ただ一つ言えることは、人生には魔法のように手に入るものない、
ということです。
(作家/五木寛之)
 
2018-05-10 width=22
お化粧をしたり整形をしたりすれば、
確かに見た目はきれいになるでしょう。
それによって自信が生まれることもあるでしょうから、
否定はしません。
ただ、それは「きれいさ」であって「美しさ」ではありません。
真の美しさとは自分との闘いのなかからのみ生まれるものです。
日々面倒なことから逃げずに、自分の言動を見つめること。
そこにこそ凜(りん)とした美しさが生まれる。

誤解をされたり、誹謗中傷されたり、いじわるをされたりする。
生きていればそんなことはしょっちゅうです。
でもそこで、やり返してはいけない。
いじわるをされたから、いじわるの仕返しをするのでは、
相手と同じレベルに下がってしまう。
その瞬間に美しさは失われます。

きれいさはお金で買うことができます。
しかし美しさはお金では買えません。
自分自身の努力で作り上げていくしかないのです。
そして美しさとは強さでもあります。
その強さを養うために、美しい生き方をしてほしいと思います。
(ノートルダム清心学園理事長/渡辺和子)
 
2018-05-08 width=22
ストレスは一般的に「悪者」のように言われることが多いのですが、
私の持論は、「ストレスはある程度必要だ」という考え方です。
よく「ストレスを解消する」という言い方がされますが、
これは誤解を招く表現です。というのも、
もし、ストレスが「解消」されて「ゼロ」になったら、
人は生きていけないと思われるからです。

ストレス学説の創始者であるハンス・セリエ博士は、
「適度なストレスがなければ人間は滅びてしまう。
 人はストレスを全部取り去ったら、その人はダメになる」
とまで言っています。
もちろん過度のストレスは精神的、肉体的に負担になり、
病気の原因になりますが、日常的なストレスは、それがないと、
かえって人間としての感情、感覚が機能しなくなるのです。

「喜怒哀楽(きどあいらく)」という言葉があります。
これが適度なストレスのあり方を示しています。
人はだれも「怒り」たくないし、「哀しみ」たくもありません。
けれども「怒り」や「哀しみ」があるからこそ、その対局としての
「喜び」や「楽しみ」の意味がわかることもあるのです。
つまり、ストレスもそれがあることによって、人間が
自分の存在を感じていられるという部分があるのだと思います。
 
2018-05-07 width=22
私は、しかります。
この春、やってきた新入社員。
右も左もわからなくて当然なのですが、
研修期間を疑うような不手際やミスを笑ってスルーできるほど、
私もほとけではありません。
ほめるなんてもってのほか。
パワハラ宣言と受け止められるかもしれませんが、
私は、しかります。

「ほめられて伸びる」。
しかし、それだけでは栄養が偏ってしまいます。
ほめることも、しかることも大事。
メリハリとバランス。
そして、やり方次第。
一番いけないのは、
「しかるのをやめましょう」
という短絡的なブーム。
しかる行為しべてを封じてしまう風潮。

私を憎むこともあるでしょう。
悔しいと思うこともあるでしょう。
三ヶ月後、いなくなっているかもしれません。
でも、私は叱ります。
いつか、ほめる日のために。(タレント)
 
2018-05-02 width=22
掃除や洗濯などの身体を使った作業が面倒で、
なかなかやる気がおきないという人がいます。

永平寺では、身体を使って何かをすることを
総じて「作務」と呼びます。
作務はただの作業ではなく、尊い修行として大切にされ、
新米の雲水もベテランの老師も同じように取り組みます。
これらの作務を実際に行う時には、○○作務といように
必ず名前がつきます。

もっともポピュラーなものには「掃き作務」、他にも
ガラス磨き作務、草取り作務、といったものから、
川作務、布団運び作務、オニギリ作務や食い作務、寝作務と
いった冗談なのか本気なのかわからないものまであります。

生活の中でも何でもない作業にも
「作務」という名前をつけて呼ぶだけで、
修行として一生懸命大切に実践することができます。
 
2018-05-01 width=22
選手を引退したら野球とは関わらない。
「私は野球の世界に15年間いたのですが、
 かつての仲間がユニフォームを脱いで違う世界で働くのを見て、
 自分が遅れをとっているように感じていました。
 そこで選んだのが料理の世界です」

いっぱしの料理人になるには10年かかると言われています。
この決意を固めたとき、水尾さんは38歳。
遅すぎるルーキーです。

「48歳になったときに一人前になっていればいいと考えました。
 下積みを経験しないことにはうまくいくはずがないと思って
 いたので、時間をかけてじっくりと覚えようと覚悟を決めました」
料理人修行の最初は皿洗いでした。
料理人の世界は厳しい。
それでも水尾さんは頭をさげて修行をさせてもらうことでした。

「18,19歳の人なら「遊びたい」「この道でいいのか」
 という迷いもあるでしょうが、私にはもう
 選択肢がありません。言われたことは全部聞きました。
 「料理の世界は簡単じゃない」「プロ野球の世界とは違うんだぞ」
 そんなふうにも言われましたが、実際に経験してみて
 プロ野球のほうが肉体的にははるかにきつい。
 10時間ずっと立ちっぱなしでも辛くありませんでした。
 何時間も走り続けるほうが大変でした(笑)」

野球と料理の世界では何もかも違います。
しかし、これまで学んだことが新しい世界も役に立ったのです。