■2023年10月28日の「今日のことば」■
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「今日のことば」
「普通の人間」とは、いったい 誰のことを指しているのだろうか? 先に結論を言えば 「普通の人間」などどこにもいない。 一人一人が異なった人生を送っている 毎日があるだけで、そこには他者との 親密な関係もあるし、葛藤もある。 軋轢(あつれき)もあるだろうし、 何とも言いがたい 「生きづらさ」もあるだろう。 差別問題から距離をとろうと躍起に なったとしても、その人の日常には、 さまざまな差別や排除が 生起してしまうのである。 そして「普通であること」の権力は、 日常の私たちの暮らしのなかで起こる、 さまざまな「生きる手がかり」 「生き直すきっかけ」を 隠蔽してしまうのだ。 自分が、とても「普通に生きている」 と実感するとき、実は、こうした 「手がかり」「きっかけ」の兆しを見失い、 「いま、ここ」で自分を見直すこともなく、 「普通」に生かされてしまっているだけ ではないだろうか。
まゆの感想
「普通は、○○が当然だ」
「普通なら、△△が常識でしょ」 「あなたは、普通ではない」 「普通は、こうなんじゃない?」 「普通なら、こうするよね~」 「あなたは、普通じゃない」 などなど、普通をまるで天下の印籠のように、 振りかざしてくる人がいます。 だいだいそれは、 その人が勝手に「普通」と思い込んでいて、 その人がいる世界(職場、環境)での「普通」 その人が育ってきた範囲の中での「普通」 その人の仲間内や地域内での「普通」 メディアでつくりあげられた「普通」 だったりして、端から見ると、 「いやいや、そんな普通を振りかざす あなたの方が、普通じゃないから」 なんて、これまたこちらの普通を 振りかざしたくなります(苦笑) もちろん確かに変わった人はいて、 「ちょっと普通の感覚ではないな」 と感じてしまう人もいるけれど、 おそらくそういう人には、その中での普通が あるのだと推測いたします。 そういうこともありで、 「普通」と言われると狭く感じますが、実は、 「普通」は人それぞれ 「普通」は感じるままいろいろ 「普通」は自由に定義できて、 「普通」は便利なヨコ並べのツールで それが「普通」なのかな、なんて、 わけのわからない結論になりました(苦笑) すいません。 ただ、私の普通を 誰かに押し付けることはしたくないし、 それに「普通じゃなくてもいいもん」 なんても。 |
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