■2021年06月17日の「今日のことば」■
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「今日のことば」
私たちは、人の生活ぶりとその人の 人格的価値を同一視しがちですが、 人格は人格、付属品は付属品である ことを理解しなければなりません。 包装紙や宝石箱が どんなに立派であっても、その中の 宝石自体が偽物であるとしたら それは何の価値もありません。 ところが、そういう付属品は ときとしてマリファナのように 幻覚を起こします。 自分は偉いのだという錯覚を起こさせ、 これに執着すればするほど、ますます 人間の欲望をそそり、思想をゆがめ、 人格をいびつにしてしまうことさえ あります。 しかし、人格ができれば、 自分が望まずともおのずと好感をもって 人に受け入れられるようになり、 そういう付属品もあとからついて くるのです。
まゆの感想
付属品は付属品、肩書きは肩書き、
とわかっていても、 そのようなものに惑わされがちです。 肩書きがすごくて、 高いものを身につけている、 高級車を乗り回し、ブランド品を 身につけている、話すこと、 SNS発信が華やかなど、 ついついそのように表に見えていることに 目がいき、その人の人格や中身も そうなのだと、錯覚してしまうこともあります。 もちろん、人格や中身が ともなっている方もいます。 反面、事実は別にして、 わぁ~うさんくさい、この人、 なんて感じ、引いてしまう方もいます。 人の生き方は、さまざまで、 付属品好き、肩書き好きもいてよいし、 それらを否定する人もいてよいですが、 やはりそれに見合った人格、中身、 また、人として生きるための人格、中身は 持ちたいし、持ち続けたいと思っています。 人格がいびつ、中身がからっぽでは、 軽すぎて、地に足がつかないし、 自分が生きたい生き方が できないように思うからです。 |
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