■2015年04月06日の「今日のことば」■
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人は誰でも多少の身体的なハンディを負っているものだ。
それがどうしたというのだ? 背の高さや体重も、おそらくハンディになる。 積もり積もった清月の影響がハンディに 感じられることもあるだろう。 だからどうだというのだろう? どれをとっても、 人生の質を高められない理由にはならない。
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ダニエルさんは、さらにこう語っています。
「両手両足のいずれかを失ったスキーヤーは、 大胆なスキーをやってのける。 視覚障害のあるスキーヤーは、 スキーガイドのアシストを得て滑る。 能力をフル活用するあっぱれな人々は、 ある選択をした人々なのだ。 彼らはあっぱれな人生をめざすことなく、 制限ある人生を送る選択をすることもできた。 もちろん、彼らにはそうするだけのもっともな理由がある。 もうひとつの選択肢は、身体的なハンディがあっても それを壁にしないで、割り切って人生を味わい尽くす、 というものだ」 つまり、そのハンディをどうとらえて、 どう選択していくかは、自分しだい。 そのハンディがあるから「できない、無理」というのも、 ハンディがあるから「こうしていこう、これをやろう」 と考えるのも、自分しだい。 大切なのは、自分の能力をフルに活用して、 人生の質を高めて、人生を味わい尽くすこと。 うーん、そうだなぁ、ハンディがあることを、 言い訳にしちゃいけないと思ったしだいです。 |
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