■2014年03月31日の「今日のことば」■
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一見無駄にみえるおしゃべりの中にも、意味はある。
ゆったりとした時間の流れの中でとりとめもなくおしゃべりをする。 それが自分にとって幸せな時間であれば、無駄な時間ではなく、 とても価値のある時間の過ごし方ではないだろうか? 家族とすごすひととき、気の合う仲間と趣味について語り合うとき、 そこでは効率という物差しの世界では現れない、 自分の本当の姿が見えてくる。 その時間こそが、自分の人生を豊かにしてくれると思う。 確かに、単位時間あたりにどれだけ成果が上げられるかという 観点でみれば、無駄な時間かもしれない。 「ダラダラしゃべって、何を得たの?」 「その時間で、どれだけ稼いだの?」 と言われれば、たしかに成果はない。 だが、どれだけ楽しく過ごせたかという「時間の幸福度」 からすると、素晴らしく満たされた時間であることは間違いない。 よく「至福の時間」と言うではないか。 そのいう「時間の幸福度」は、効率とは無関係だと思う。
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伊藤さんは、さらにこう言っています。
「私たちは、効率を優先するあまりに、 本質的なものを見失っているのではないだろうか? 私たちは何のために生きているのか? 幸せになるために生きているのではなかったのか? 効率的に生きることは幸せになることなのか。 効率だけを考えたすごし方をしていると、チェロ(趣味) などをやろうとするのはとんでもない話になる。 そんなことをやっている暇があるなら、 もっと仕事をしろ、勉強しろということになる。 でもそうやって無駄を省いていっても、 幸せになれるとは限らない、ということに そろそろ皆が気づくべきである」 効率的なことだけを考えると、あれをして、 これもこうして…と、無駄を省くことばかりに考えがいきます。 そして、効率的以外の時間を過ごしている自分が、 なんだか無駄なことをしているように思えてきて、 焦ったり、楽しくない気持ちになってきます。 でも…どうでしょう? その自分が無駄と思っている時間の中に、楽しみや、 わくわく、生きている実感、嬉しい気持ち、やる気などなどが、 いっぱいに、詰まっているのではないでしょうか? それを効率的でないと排除すると、楽しみもなく、 わくわくもなく、だらだらもできないし、ゆとりもなく、 つまらない人生になるなぁと私は思います。 効率を考えてやることは、仕事ではもちろん大切だし、 いつもいつも無駄なことに時間を費やすのも考えものですが、 自分を豊かにしてくれる時間、笑顔でいられる時間を楽しみ、 家族や仲間と何かする時間も大いに楽しみ、 大切にしていきたいと思います。 それがあってこそ、豊かで、暖かい気持ちになれるから。 もちろん、効率的にするところはできるだけそうしていき、 そんなふうにメリハリをつけていければいいなと思っています。 |
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