■2010年10月22日の「今日のことば」■
前日のことばを見る 次のことばを見る
「今日のことば」
自分は喜ばれるように生きているのに、周りの人は、
呼応した生き方をせず、自分勝手に生きている。 その人間に対し、 「どうしてあなたはしないのか」と言ってしまった結果、 周りの人が遠ざかり、寄りつかなくなります。 良い言葉を発しても、誰も耳をかさなくなります。(略) 「あの人がそう思うのが許せない」という、正義の 「敵意」「憎しみ」の小さな芽は、誰の心にも宿っています。 他人や世の中をどうするかより、自分の中の 敵意と憎しみをなくし、太陽のように明るく生きていくこと… よい仲間と明るく楽しくいたいのならば、目の前の人に対して、 「自分と同じように振る舞え」「同じ価値観になれ」 と強制するのはやめる。 人間はろくなものでもなくて、大したものでもないと 思うことで、心地よい方向にいけるのかもしれません。
まゆの感想
「○○のために、(誰か)をこのように変えなければならない」
「なんとしても、こう変わってもらいたい」 そうこちらは考えて、相手にそう言う。 しかし、相手は変わらない。何度も言う。 すると、相手は、こちらを避けるようになる… こちらは、相手のためを思って助言しているのに、 「どうして、あなたは変わってくれないのか」 「どうしてあなたは、言ったとおりにしないのか」 おかしい… そう思うことは…よくある。 だって、こちらは正しいことを、相手のためを思って、 言っているのだから…。 しかし、これを、逆の立場からみてみれば、 相手がどんなにこちらのためだからと言ってきても、 「うるさい」「言われなくても、わかってる」とは感じても、 なかなか「ありがたい、その通り、そうしよう」 とは、素直に受け容れることができないものだと思う。 自尊心があるし、反発心もあるから。 この本の中に、こんなことが書かれています。 「講演のあとで、このような話をする方がいらっしゃいます。 「今日の話を、○○さんに聞かせたかった」 「今度は、××さんを連れてきたい」 このように、「誰かへ」と言った瞬間、今日の話は、 自分のためになされているものではないと思っています」 人は、まず自分を見直し、自分を変えようと思うより、 (自分は間違っていないので)目の前にいる見えやすい、 間違っていると思われる誰かを変えようとしがちです。 しかし、誰かを変えようとするなら、自分もいっしょに、 あるいは、自分から変わっていく覚悟が必要ではないと思う。 人はみな、大したものではないということを受け入れながら、 自分の中から、敵意と憎しみをなくし、 太陽のように明るく生きていくこと目指して… |
|