■2010年09月07日の「今日のことば」■
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われわれの生への戦いは、なるほど絶望的かもしれない。
だからといって、その戦いの意味や尊厳を 少しも傷つけるわけではない。 困難な状況にあるわれわれ、また、近づきつつある 最期のときを迎えるわれわれを、だれかが見ている。 友が、妻が、生きている者が、あるいは、死んだ者が、 そして神が見ているのだ。 その者は、われわれに期待している。 われわれの生き様を見て失望しないことを。 われわれが哀れに苦しまないで、誇らしげに苦しみ、 そして死んでいくことを期待しているのだ。(略) 彼らは、見えない領域から、常に私たちを見守り、 私たちが責任ある生き方、意味ある人生を送ることを 期待しているというのだ。 フランクルはそれを、客席に座っている観客にたとえている。 私たちは舞台に立って演劇をしているのだが、 スポットライトがまぶしいため、 こちらから客席を見ることはできない。 しかし見えないとはいえ、そこには「観客」がいて、 私たちがどのように感動的ですばらしい劇を演じていくのか、 期待しながら静かに見つめているのだ。
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今日も、この本に書いてある、フランクルのことばです。
私たちは、今現在、自由に生き方を選ぶことができる。 「自分の人生だから、どう生きてもいいじゃないか」 「生きるも死ぬも、自分の勝手」と言うこともできる。 けれども、その生き方は、何者かに見られている、 そして、見守られているとも言う、それも、期待されつつ。 そして、さらに、 「人生に期待するのは間違っているのだ、 人生の方が、私たちに期待しているのだ。 未来には、あなたによって生み出される何かが待っている。 人生は、あなたがそれを生み出すことを期待しているのだ。 もしあなたがいなくなれば、その何かも、生まれることなく 消えてしまうのである。 人生は、あなたがそれを生み出すことを待っているのだ」 そして、大切なのは、結果より、自分の責任を果たすべく、 全力を尽くしてやってみることで、 「人生とは、結果の責任まで人間に要求したりしない」 とも、いっています。 今、やっていること、生きていることは、 決して無駄ではなく、すべてに意味があり、 あなたには、あなたなりの人生から与えられた使命があり、 それを全うしていくこと、大切に自分の生を生きることが、 自分の責任だというのです。 全うして生きていきましょう! 私たちは、人生から期待されているのですから。 |
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