■2007年04月20日の「今日のことば」■
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「今日のことば」
例えば、「絶対に正直でなければならない」と
強く思っている人は、自分がウソをついたとき、 「ウソをつくことは罪だ」と思う分だけ、自責の念にかられます。 同じように相手がウソをついたときは、自分が正直な分だけ、 相手に正直さを要求して相手を責めます。 でも、「ウソも方便だ」と考えて、多少のウソには寛容な人は、 相手にも「絶対にウソをついてはならない」というような 態度はとりません。 厳格な人は、その分だけ、他人がルーズなのが許せません。 厳格さにこだわるゆえに、「キチンとしているか、否か」 に焦点を当て、そうでない人を責めます。(略) つまり、「自分を責めること」と「相手を責めること」 とは表裏一体の関係なのです。(略) 自分自身を許すことができれば、相手を許すことができます。 自分自身に厳しい要求をしなければ、相手に厳しい要求を 突きつけて責めることもありません。
まゆの感想
毎日の生活の中で、
こうでなければ「我慢出来ない」ということがあるとして… では、相手もそれが「我慢出来ない」かというと、 そんなことはまずない。 逆に、「我慢出来ない」という、その態度の方が、 相手にとってみたら「我慢出来ない」ことだったりする。 さらに、相手に、自分の「我慢出来ない」を押しつけることは、 相手の「我慢出来ない」も受け入れなければならないことになる。 そうなると、ただお互いの「我慢出来ない」が ぶつかることになり、関係がギクシャクしてくる。 自分に厳しいことも、こだわりがあることも いいことかもしれないが、それで、 自分が苦しくなったり、相手も苦しめたりしては、 自分も相手も、生きづらいのではないか… 自分の基準やこだわりを少しゆるめてみると、 その分、少し余裕が生まれ、緊張がほぐれる。 そうすると、相手の世界や、ちがう世界を受け入れる 余裕もでてきて、相手や、周りの人は、楽になり、 自分も生きやすくなる…そんなふうに私には思える。 ゆるめることは、自分の価値が下がることでも、 負けることでもないと思う。 |
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