■2006年11月05日の「今日のことば」■
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《お詫び》
昨日はUPできず、ご心配をおかけしてすいません。 紅葉を見に、とても深い山の中に行ったのですが、 パソコンは持って出かけたにもかかわらず、 インターネットにつなぐことが全くできなかったのです。 今日からリフレッシュ…また毎日更新します。 どうぞ、よろしくお願いいたします。 「違いをわかる」ことが、私たち日本人の 課題なのかもしれません。 「違っているのは悪いことだ」と思い込んでいる人の、 何と多いことでしょうか。 いじめの問題の根っこにあるのは、まさに、 このような思い込みでしょう。 (略) ではなぜ、自分とは違うことを認めることができず、 違いを「悪いこと」と思ってしまうのでしょうか。 違う部分はときに自分の理解を超えています。 理解するには、少し努力して頭を働かせなければなりません。 人生経験や勉強、そして豊かな創造力も必要です。 それが面倒で「違うのは悪いこと」と決めつけ、 思考を停止させ、感性を鈍らせてしまうのです。 認めようとしなくても、事実は明らかに違う。 人間は皆、違うのです。 100人いれば100の個性があります。
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最近は、違いを前面に出し、個性を出している人と、
うまく個性を出せない人の 2極分化が進んでいると言われています。 うまく個性を出せない人たちは、ますます、 同じように個性を出せない仲間内に埋没し、 自分の個性を見せないようにしていきます。 さらに、個性を出している人たちを牽制するために、 あるいは、やっかみや自分たちを何とか守るために、 横並びを強制したり、同調圧力をかける、 という事態にもなっているとも言われています。 「同じようでないとおかしい」 「横並びでなければならない」 「突出することは許さない」 そんな考え方をしている人が、多いようです。 しかし、違いを認めない世界は、 実は、自分にとっても生きづらい世界だと思うのです。 自分だって、何かしら、人と違うところがあるし、 その違うところが自分の個性や力を発揮出来る部分で、 その個性を出せないということは、 自分が本当は持っている力や能力を、 押し殺してしまっていることにもなるからです。 それに、いつ、自分が違うもの扱いされるか、 びくびくとしていなければなりません。 人と自分は、違うことが当たり前で、 自分らしさや、人と違う自分を出していいし、 人もまた、その人らしさや違いを出してもいい… そんな違いを認め合う世界になればいいと このごろ、つくづく思っています。 |
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