■2008年04月12日の「今日のことば」■
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人間関係には、
「こちらの思いは必ず報われる」「努力は必ず報われる」 という、学校で教えてくれるような方程式は当てはまらない。 とくに、「嫌われている相手」から、 「どうしても好かれようとする」努力ほど、 当の相手を戸惑わせ敬遠されることはないのではないか。(略) 嫌われている相手から好かれようと思うのであれば、 むしろ、なにも「努力」しないのがいいのではないか。 「なにを投げやりな」と思われるかもしれないが、 ふだんはとても親切にしてくれている人から、急に冷たく あしらわれたりすると、人は「あれ?」と思う。 「どうしたんだろう?」と不思議になる。 たとえ「嫌いな相手」であったとしても、だ。 「謎」ほど、人の心を引きつけるものはない。 それでもだめなら、「仲良くなること」など、 とりあえずあきらめてしまうこと。 「自分を嫌っている人からすかれようとする」という努力は、 結局はあまりよい結果を招かないことが多い。そうであれば、 「あきらめる」ことも、一策ではある。 人生は楽しむためにある。そうならば、自分を嫌っている人、 あるいは関心を持ってくれない人を追いかけるのではなく、 もっとほかに「いっしょに楽しんでくれる人」を探す努力を するほうが、有意義な人生になるのではないか。
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自分のことを「嫌っている人」がわかるのは、
気になるし、辛いことだが、これは仕方ない。 誰からも「好かれたい」なんて思う方が無理がある。 性格的に絶対に相容れない人もいるし、 もちろん、自分の方が「嫌い」なんて思う人もいる。 嫌われる理由はいろいろとある。 性格もあれば、運もあるし、誤解もあるかもしれないし、 考え方がどうしても合わないとか、価値観の違い、 なぜか生理的に嫌い、なのかもしれない。 しかし、そういう人に「好かれよう」とすると、 かなり無理が生じる。そして、その無理は、 切ないことだが、相手に得てしていい印象を与えない。 その無理がこびているように思えたり、 その無理がどこかで必ずほころびを見せてしまうからだ。 もっともその努力が運良く実って、 「嫌われている人」から、「いても気にならない人」 くらいまでならなんとかなるかもしれない。 しかし、それで「好かれるか」というと、難しい。 それに好かれるための無理はいつか疲れてしまって そんな自分にうんざりするようにもなる。 自分がどうしても嫌いな相手が、あなたに好かれようとして、 無理して近づいてきたり、話を合わせたり、お節介をしたり、 するその姿を見て、好きになれるだろうか? 恐らく、その努力は買うし、その努力はありがたいと思うが、 それで、その人を好きになるかどうかは微妙だと思うのだ。 正直なところ、うんざりするか、 もっと嫌いになることが多いのではないか。 「嫌われている相手」からは、「まっ、嫌われてもいいか」 と、少し距離をとって気楽な気持でつき合うほうが、 互いに緊張せず、楽でいられると思う。 そして、同じ努力をするなら、 素直で、自然な自分でいられる空間、相手を、 探す努力をした方がいいと思う。 |
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