■2006年12月03日の「今日のことば」■
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私たちはえてして、次から次へと幸福を求めようとしがちだ。
常に明日の幸福、来年の幸福、何十年も先の幸福を考え、 そんな先の幸福を得るためだけに、いまという時間を 使っているようなところがある。 いつもいつも先の準備に追われて、 万年浪人生活のような生活を送ってしまいがちだ。(略) 立ち止まってよく見てみれば、未来にではなく、 自分のすぐそばに幸福の源泉が山ほどあることに気づくだろう。 傷ついたときだけでなく、元気なときにも、 幸福は自分の目の前にあることに、そろそろ 私たちは気づくべきなのかもしれない。 たとえば、ごはんがおいしいこと、 朝起きたら気分がよかったこと、 子どもが元気に育っていること、 こういうシンプルな幸福は私たちのまわりにいつでも たくさん転がっている。 この幸福を見つけた一瞬一瞬を純粋に楽しめばいいのだ。 自分のすぐそばの幸福に満足感を得られたら、 またそこから新しい目標に向けてがんばっていけばいいと思うのだ。
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いまの幸福が感じられなくて、
未来に幸福が感じられるだろうか… いまの幸せが見えなくて、 未来に幸せが見えるだろうか… だって、その未来がきたら、 その先の未来のためのに幸福を求めるのだ、常に先の。 40歳になったら、50歳の幸福を考え、 50歳になったら、60歳の時の幸福を考え、 60歳になったら… つまり、「幸福」を感じる「いま」はいつなのか、 その終点はいつなのか… そして、本当にその終点がきたときに、 「ああ、幸せ」といきなり感じられるものなのか。 この終点の幸福のために、今まで頑張ってきたのよ、 と言えるものかどうか… それでは、遅くはないのか? 終点に幸福は本当にあるだろうか? いまだって、十分に幸福は感じられる。 見渡せば、幸福はいっぱある。 ささやかな、シンプルな幸福かもしれないが、 未来に描くような幸福とは違うかもしれないが、 いま、ここにも十分に幸福はある。 この、いまの幸福を十分に感じられてこそ、 未来の幸福もあると思うのだ、その延長上に。 未来の、先々の幸福を追い求めたり、 考えたり、目標とするもの大事だけれど、 足元にある、いまの、幸福も、もっともっと、 大切にした方が、幸福だと思う。 いま、幸福だからといって、未来の幸福が 描けないわけではない。 それに、いまだって幸福で、 未来も幸福が待っているかもしれないのだから。 |
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