■2006年01月20日の「今日のことば」■
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「どのくらいまで相手を思いやればいいのだろう」
女はいつでもどこでも気をつかいすぎている。 私はこれを「行きすぎた気配り」と呼んでいる。 率直さや公平さ、支援も必要だが、 「行きすぎた気配り」は無用。 自分からあれこれやたらに気を使う人は けっきょく軽んじられる。
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女性たちの多くは「気配り」することが
或いは、人より、より多く「気づく」ことが、 自分の価値をあげると思っている。 そうすれば、人からも愛され、 評価されると、心のどこかで思っている。 人より早く気づき、気配りすること… これを「思いやり」であるとも思っている。 そして、そうできる自分は、 思いやりがある自分と思っている。 (もちろん、すべての女性がそうではない) なので、ますます「気づき」 ますます一生懸命「気配り」する。 しかし、なぜか… 最後には、疎まれてしまう。 軽んじられてしまう。 そして、なぜ、こんなに気配りしているのに 疎まれるのかと思う。 感謝されないのかと思う。 そして、こんな自分を認めてくれない回りを 恨んでしまう。 そう… 「行きすぎた気配り」は、 人をイライラさせてしまうのだ。 「余計な気づかい」は 人を疲れさせてしまうのだ。 もしかしたら、本当の思いやりは、 気がついても気がつかないふりや、 何もしないことかもしれないのだ。 本当の気づかいや気配りとは、 そうしたものでないかと思うのである。 |
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