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ことば探し
★私は、いつも陽気でほがらかな人間です★

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■「今日のことば」カレンダー 2015年12月■
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2008年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2007年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2006年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2005年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2004年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2003年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2002年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2001年 : 11 12 

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2015-12-29 width=22
年齢を重ねるほど、目標の大切さを痛感している。
人生を最大限生きたいなら、頭を使うことが必要だ。
考えなしに生きていると、
毎日がわけもわからないうちにすぎていってしまう。

あてもなくさまようのではなく、
目標を決め、そこに向かって努力する。
そうしたほうが、
人生でいいこと起こる確率は格段に高くなる。
 
2015-12-28 width=22
人生には苦しいこと、つらいことはたくさんあります。
しかし、大事なことは、誰かがあなたに何をしたかではなく、
あなたが誰かに何を働きかけたかということです。

「幸せのタネをまくと、幸せの花が咲く」
あなたがたくさんのタネをまけば、それだけ多く、
幸せの花を咲かせることができるのです。 
2015-12-25 width=22
ほめることがいかに大切か忘れている人も多い。
いつも一緒にいる相手の貢献度をつい見過ごして、
ないがしろにしがちだ。(略)

10代の女の子は
こんな話をしていた。

「ボーイフレンドが、
 私をどこがきらいか全部知っているけど、
 私のどこが好きなのかはまるで知らないの」
 
2015-12-24 width=22
「知っていても行動しなければ
知らないのと同じだ」

言葉であわらすことはすばらしい。
しかし行動であらわすことは
それ以上に大きな力をもっている。
 
2015-12-22 width=22ドイツ語でいう「知る」には2種類ある。
ケネンとヴィッセンである。
ケネンは浅く知っている場合に使い、
ヴィッセンは、深く知っている場合に使う。
誰々と知り合いだという場合の知はもちろんケネンである。
ヴィッセンのほうは、
学者が専門の事柄を知っている場合などに使われる。(略)

こういうふうにして自分の知識を2種類に分けてみると
どうなるだろう?もちろん、
浅い知恵のほうが多いだろうが、すこしばかりは、
ヴィッセンのほうの知もあるだろう。
それが実は、自分が最も関心をよせている事柄なのだ。

自分ばかりでなく他の人も同じである。
だとしたら、お互いの深い知のほうを
寄せ集めて組み合わせれば、何が生まれるだろう。
それがすでに到来しているプロ社会での
大きな武器になるのは当然のことだ。 
2015-12-21 width=22わたしたちのふだんの言葉にしても
人間的な価値を持っている。

どういうときに何をどう言うか、
そこにわたしたちは相手の心や精神を見ているのである。
言葉ばかりでなく、実はふだんの生き方にも
わたしたちの心が如実に表れている。

心や精神がいつまでも隠されているということはない。
どんな心の思いも精神も、顔つきや姿勢や歩き方や言葉や
行いに出てくるのがふつうなのだ。

それこそが人間が相手にしたり価値を見いだすものである。
物や金銭は道具にすぎない。
だから、それぞれの人間の生き方が多彩な人間的な価値の
現れなのである。 
2015-12-18 width=22あなたの言葉を一番身近で聞いているのは、他でもないあなた自身。

一日中、否的な言葉を繰り返し聞かされていたら、
心がげんなりしてしまうでしょう。
次第に行動まで影響されて、ますますあなたを疲れさせ、
苛立たせる状況がやってくるかもしれません。

これからは「忙しい」「疲れた」などと言いたくなったら、
他の言葉に言い換えてみましょう。
「充実してる」「がんばったな」などはどうでしょうか。
またそんな言葉がつい出てしまうのは、何かを変えろという
サインだと考えるのも一案です。

仏教には、「愛語施(あいごせ)」
という「お布施」の形があります。
愛語、つまり思いやりのある言葉を相手にかけてあげることです。
あなたの愛語施を一番必要としているのは、
あなた自身かもしれません。 
2015-12-17 width=22話が長い人はなぜ、「説明がへた」なのか…
明快です。

話が長くなると、「必要な情報」と
「不必要な情報」がごちゃごちゃになるからです。
だから、何を言いたいのか相手には伝わらないのです。
ただここにこそ「頭のいい説明」の鉄則があります。

つまり、説明というのは「不必要な情報」をカットするだけで、
格段にスッキリし、「頭のいい説明」になるのです。
では、「不必要な情報」とは何でしょうか。

それは話し手ではなく、
「聞き手にとって重要度の低い情報」のことです。
聞き手にとっても聞きやすい「話の流れ」を考えた時、
後回しにされる情報のことを言います。
これを「背景情報」と言います。
「背景情報」は、できればカットする。
それだけで話は短く、わかりやすくなります。 
2015-12-16 width=22怒りに振り回されない自分になるには、
その場で怒りを収める工夫が必要です。
そこで、いったん生まれた怒りを収めるための秘策があります。
実に簡単なことです。
不愉快なこと、腹の立つことがあった時、
何かを言う前にまず一呼吸置くのです。(略)

「ちょっと待て」「大丈夫」「我慢」……。
繰り返す言葉は何でもいい。
おなかで呼吸をして、頭に怒りを上げないことが大切なのです。

一度出た言葉は、取り戻すことができません。
「悪かった、今のナシ!」と後から叫んでも、
いったん壊れた信頼や壊れた人間関係が、
そうそう簡単に修復できるはずもありません。

ほんの少しの「間」が、取れるかどうか、あなたが怒りから
自由になれるかどうかのポイントは、まずそこにあります。 
2015-12-15 width=22焦らずに待ってみる。

コミュニケーションがうまくいかない時は、
無理に何とかしようと躍起になるのではなく、
待ってみるというのも大切な解決法のひとつです。

ひなが卵から孵る(かえる)時、外の出る準備が整うと、
ひなは内側から殻をつつきます。
そのかすかな音を捉えて親鳥は外側から殻をつつき
割ってあげます。

ひなが内側から殻をつつく音が「啐(そつ)」(口へんに卒)
親鳥がつつく音が「啄(たく)」
「啐啄同時(そつたくどうじ)」。
両者のタイミングがピタリとあった時に、
物事は変化し、新しいものが生まれるのです。 
2015-12-11 width=22人間になりたての初心者は、物欲に走ってしまう。
人に物欲に走ってしまうときは、
物事を真剣に考えていないときだ。
自分の中身がおろそかで何もないから、
そのすきまを埋めようとする。

ちょうど腹があまりにも減りすぎて、
何でも手当たり次第に食べ物を詰め込むようなものさ。
仏教では煩悩のひとつに「貪り(むさぼり)」があるけれど、
貪欲とはお腹を満たすことよりも飢餓感に取り憑かれてしまって、
本来の目的を忘れている様子を表しているんだと思う。

それにしても、どうして我を見失ってまで
欲求を満たすことに走れるのだろうか。
理由を尋ねても、本人だってよくわからないかもしれない。

人間は輪廻転生(りんねてんしょう)していると言われている。
本当かどうかわからないよ。
科学的な解明もできないだろうし、
解明したからといって誰の得にもならない。

この輪廻転生という考えから見ると、人を押しのけて、
とにかく自分の欲を満たそうと必死な人に対しては、
「ああ、この人は人間になりたてだから分別がないのだな」
と余裕をもって対応できるようになる。 
2015-12-10 width=22
私は、
「めげずに生きようとする力」
を自分の財産にしようと思った。

そしてそれを私の幸福とする…
そう思うことによって、
私は元気を失わずに生きてきたのである。
 
2015-12-09 width=22
「イフ(もし○○であれば、実現できるのですが)」
「イエス、バット(確かにそうですが、○○なのでできません」
こうした発想にとらわれているかぎり、苦境を乗り越えるのは
むずかしいでしょう。

建設的に物事を考えるには、
「イフ」や「イエス、バット」という発想から、
「イーブン・イフ(たとえ○○だったとしても)」
という発想に切り替える必要があります。(略)

「たとえ困難な状況であっても、自分にできることはないか」
と考えるのが、「イーブン・イフ」の発想です。
この発想のなかでは自分の能力や環境の劣等生は
問題になりません。
問題に陥ったら、「イーブン・イフ」を使って考えてみる。 
2015-12-08 width=22
「なぜ?」という質問は、自然現象などのことでは有益です。
しかし「人間の心」となると有益とはいえません。(略)
人間のやることに対して「なぜ」と問うのは
なるべくさけたほうが無難です。

もしどうしても使わざるを得ない場合には、
いくつか守るルールがあります。
まず大切なのは、連発しないことです。
次に、「やわらかい口調でいうこと」です。
質問をしていると、つい力が入って
強い口調になってしまうことがあります。
これもまた避けたほうがいいでしょう。

「なぜ」の代わりに「何のために?」と目的をきくか、
「どうやって?」と手法をきくほうがいいでしょう。
どちらの言葉も、未来に生かすためにきく質問です。
建設的な話になりやすくなります。 
2015-12-07 width=22
「いいこと」は待っていたって起きない。
「いいこと」とは、自分自身で起こすものなのだ。

やりたいことをやるのもいいし、好きなことに関わるのもいいし、
何か楽しめることを計画するのものいいでしょう。
夢や目標がある人は、実現に向けて考えたり行動したりすれば、
それだけゴールに近づけるでしょう。

人と関わることで得られる「いいこと」もいろいろあるでしょう。
例えば、好きな人と会うこと、誰かを喜ばせることなど、
探してみればきっと何かが見つかるはずです。

「何か楽しいことが起きないかなぁ」と、
ただぼやいていても、「いいこと」が来ない状況は変わりません。
楽しいことを起こすのはまず自分自身です。
ただ待っていたって、何も変わらないのです。 
2015-12-04 width=22あなたの行動は、あなたの周りの人に影響を与える。
その影響は回り回って、あなたの身に返ってくる。
これが因果応報という現象だ。

よい行動にはよい報いがあり、悪い行動には悪い報いがある。
因果応報という視点から見ると、あなたのすべての行動は、
ベッドメークのようなものだと言える。
どんな行動をしたとしても、
あなたは必ずそこで寝ることになるからだ。

自分勝手に他人を操ろうとする人は、
その仕打ちがいつか自分に返ってくる。
優しくて思いやりのある人は、
その優しさが自分にも返ってくる。(略)

結局、人は自分で種を蒔いたものを、
自分で刈り取ることになる。
だから、最初から自分の行動基準をはっきりさせた方がいい。
その行動基準とは「正しいことをする」ということだ。
何が正しいかは、あなたにもわかっているはずだ。 
2015-12-03 width=22近所に住む87歳の女性のお宅に夫とでかけた。
ゲートボールにフォークダンス、そして読書…
毎日が
「きょういく(今日、行くところがある)
「きょうよう(今日、用事がある)
で、楽しんで生きていらっしゃる。

数年前にご主人を亡くされた。(略)
「夫婦が一緒に暮らせる時間はとっても大切。
 お互いに言葉を惜しんじゃダメよ」
「人とのつながりが私の何よりの財産だわ」
明るく快活におしゃべりの花を咲かせる彼女に、
夫と私は拍手した。

最近、手術を経験し、
「死に神を追い返した」
と言ってケラケラ笑う彼女からは、
生きる喜びと生命力を感じとった。

(東京新聞 2015年12月2日「あけくれ」より) 
2015-12-02 width=22座禅をしているときも、「無心に座らなければ…」
という思いが強いと、かえってそれにとらわれる。
「なにも考えちゃいけないんだ」「心を空っぽにしなくては」
ということばかりが頭の中で堂々巡りをしてしまうのです。

座禅をしていたって、さまざまな思いが浮かんでくるのは
止めようがないのです。
浮かんできた思いはそのまま放っておけばいい。
すると、自然に消えていってしまいます。
浮かぶに任せ、消えるに任せる。
それが「無心」に近い心の在り様です。

水に一石を投じると、さざ波が立ち、波紋が生まれます。
その波紋をなんとか静めようとして手に水を入れたら、
さらに複雑な波紋が生じる。
放っておけば、しだいに波紋は静まっていき、
やがては鏡のような水面が戻ってきます。
心も同じことでしょう。 
2015-12-01 width=22どんなものごとに対しても、自分の持てる力を出し切る…
あっぱれな生き方だと思います。
しかし、それを「人生訓」に掲げて生きるとしても、ひとつだけ
知っておかなければいけないことがあるような気がするのです。

世の中には自分ではどうにもならないことがある、ということです。
全力で生きていると、どうにもならないことにも果敢に挑み、
なんとしてでもどうにかしたい、しなければいけないと
考えがちになりませんか?

しかし、どうにもならないことは、
やはり、どうにもならないのです。
全力を傾けても、全霊で取り組んでも、そのことは変わりません。
それをどうにかしようとするから、しんどくなったり、
苦しくなったりするのです。
そう、自分ではどうにもならないことは、
そのまま、あるがままに受け取っておけばいいのです。